Cella MASUMI Asia

惣誉

Sohomare/栃木県

History

酒造の歴史

惣誉の蔵元、河野家は江戸時代より、滋賀県日野町にて醸造業を営む商家であった。明治時代の初め、関東へ拠点を作る日野商人が多数東へ出るなか、河野家も栃木県芳賀郡の現在の地に、関東蔵を造り、日本酒の醸造を始める。以来、5代にわたり、140余年の歳月、ここ栃木県で、酒造りを生業としてきた。良い酒を地元の人々売ることを代々の商売の目標とし、地酒本来の生き方を貫いてきた酒蔵である。四代目(現会長)河野宗右衛門の時より、山田錦を使用した吟醸造りに力を注ぐようになり、さらに酒質に磨きがかかる。五代目(現社長)河野遵の、日本酒本来の旨みや奥深い味わいを追求したいという思いから、生酛仕込の酒を復活して造るようになる。南部杜氏、阿部孝男の高い技術により、速醸の造りが主体だった現代の蔵に、複雑な生酛仕込が完全によみがえった。彼の技術は次代の若き杜氏、秋田徹の手に、確実に受け継がれている。

011年の東日本大震災により、施設や建物に大きな被害を受けるが、4年の歳月を経て復興の工事を終え、新たな社屋、試飲のための大谷石の蔵など、魅力的な酒蔵施設として新たなスタートを切った。

鑑評会の成績
  • 2015年 全国新酒鑑評会 金賞 5年連続金賞(15年連続入賞)
  • 2008年、2013年 関東信越国税局酒類鑑評会 最優秀賞

Environment

所在地/自然環境

惣誉の酒蔵は、東京駅から北へ東北新幹線で約1時間、宇都宮駅で下車し、車で東へ約40分の、栃木県芳賀郡市貝町に在る。周辺には陶器で有名な益子焼の益子町や、SL機関車の走る真岡線、カーレースの開催されるツインリンクもてぎなどがあり、広々とした田園風景が美しい田舎町である。惣誉酒造は、日光男体山から注ぐ、鬼怒川と那珂川のゆたかな伏流水による地下水系より、井戸水を汲む。清澄な軟水である。

市貝町は、まさに里山の自然が息づく美しいところで、春には様々な小さな花があぜ道に咲き、近所を流れる鬼怒川の支流の小貝川には鮒やドジョウが泳ぎ、瑠璃色のかわせみが川面をかすめ飛ぶ。小型の鷹のサシバという鳥が、市貝町の山に生息し、町のシンボルとなっている。

酒造期の冬は、早朝マイナス5℃から10℃まで冷え込み、霜柱が立ち、氷が張る冷たさである。雪はさほど降らず、乾燥した気候で、冷たい風が吹く。澄んだ空気がしんしんと冷える冬の朝、米を蒸す湯気がもうもうと立ちのぼる。

Mission

酒造りのこだわり

良い材料を使い、手をかけて丁寧に造り、瓶詰め、出荷にいたるまで、大切に仕上げていく。酒造りにかける気持ちを製品に反映させる。それが、惣誉酒造が常に追い求めている姿勢である。

原料米は、兵庫県産特A地区の山田錦を吟醸だけでなく、ほとんどの酒に使っている。精米は、100%自社で行う。米の原型をできるだけ維持する扁平精米である。洗米、蒸米も最適化を目指す。箱麹や蓋麹による手造りの麹造り。生酛の酒母は、9人が酛を摺る。小タンクのなかに袋吊りした大吟醸のもろみから、滴り落ちるしずくを集めて、杜氏みずから行うおり引き。数々の細やかな手作業から、飲んだ人が美味しいと嘆息するような酒が生まれる。

酒蔵の中は、それぞれの蔵人が各工程に責任を持ち、張り詰めた雰囲気が漂うが、チームワークを重んじる杜氏の主旨が一貫して行き届いており、和やかな表情や言葉が暖かい。

Character

代表される酒質

酒そのものを味わっても旨く、料理をも引き立てる酒を造る。現在までベストセラーである「辛口特醸酒」は、惣誉の最も愛される酒として、晩酌のテーブルを飾ってきた。そして今、その延長線上に惣誉が新しく目指していく方向は、軽快かつ複雑で深い味わいである。日本酒という酒が本来持つべき味を極めたいと考える。その思いから、江戸時代から続く製法である生酛仕込の酒を復活させるに至った。最高峰といわれる原料米、兵庫県特A地区(吉川、東条地区)産の山田錦のみを用いた、丁寧な手造りによる生酛仕込。伝統的製法で味わいに深みを求め、現代的吟醸造りでエレガントな酒質を追及する。よくできた生酛の酒は時とともに成長する。世界に誇れる日本の酒である。


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